追悼 山下和仁さん
山下和仁さんの訃報に接し、追悼として思い出を書き留めておこうと思います。
ちょうど自分がギターを始めた頃に強烈な印象でデビューし、録音、コンサートともにずっと聴いてきましたので、自分のギターライフはずっと山下さんとともにありました。
初めて実演を聴いたのは、パリコン優勝者の夕べという渡辺範彦、ウラジミール・ミクルカとのジョイントコンサートで、演目はいきなり展覧会の絵。衝撃的な演奏に驚きましたが、まだ野暮な学生だった自分はクラシックとしては異端なのではなどど思っていました。
しかし、その後のラリー・コリエルとのビバルディの四季(パンフ)、ドボルザークの新世界の初演も観てますから、その音楽の魅力にすでに取りつかれていたのでしょう。
東京から離れている間はあまりコンサートも行けませんでしたが、2000年代は、山下さんのコンサートは可能な限り行ったと思います。
東京文化会館で行われたタンスマン、テデスコ(パンフ)といった一連の近代作曲家をテーマとしたコンサート、浜離宮朝日ホールでは現代のアジアの作曲家を集めたリサイタルと2夜連続バッハ(パンフ)のうち1日だけでしたが、怒涛のような演奏を堪能したのを覚えています。トッパンホールでも聞きました。
2010年代以降だと、2010年と2017年に紀尾井ホールでのコンサートに行ってます。菅原潤さんの追悼演奏会はソルのエチュードなのにものすごい存在感。この時は打ち上げに入れていただき同じテーブルで飲んでたんですけど、何かお話しておけば良かったなあ。
イタリア文化会館で行われたテデスコのゴヤの24のカプリッチョス全曲もすごかった。テデスコと言えばプラテーロと私をムジカーザという小さいところで聴けたのも貴重でしたが、これが最後になってしまいました。
世界に誇る巨匠がもうこの世で演奏することがないと思うとあまりにも悲しいですが、手元にあるCDやYouTubeで故人を偲びながら思い出とともに聴き続けたいと思います。
<追記>
公式YouTubeチャンネルにメッセージが出ていました。悲しみがつのる内容です。







出産後も母子同室で、私と長男も出産日から同室に泊まることができました。




